危険かどうかは「何回で推測されるか」で決まる
パスワードの安全性は、文字種の多さではなく攻撃者が何回試せば当たるかで決まります。
Bonneau (2012) は7,000万件の匿名化パスワードを分析し、定番候補を試すオンライン攻撃でアカウントあたり約10回の試行により約1%が突破されると報告しました。10ビットのランダム文字列に相当します。NIST SP 800-63B-4は連続失敗の上限を100回以内としており(3.2.2)、10回は防御側の想定範囲です。
表1:攻撃手法別に何が狙われるか
| 攻撃手法 | 前提となる条件 | 狙われる弱点 | 有効な対策 |
|---|---|---|---|
| 辞書攻撃(オフライン) | 認証情報が漏えいし、試行回数の制限がない | 辞書語、定番の数字列、よくある変形 | 辞書語を避け、長いランダム値を使う |
| 総当たり(ブルートフォース) | 同上。探索空間を最後まで試せる | 文字数の不足と、文字種の狭さ | 長さを確保する(単一要素なら15文字以上) |
| クレデンシャルスタッフィング | 他サービスから漏えいしたIDとパスワードの組を入手している | 完全一致の使い回し | サービスごとに値を変え、多要素認証を併用する |
| パターン推測(クロスサイト推測) | 漏えい値から、同じ利用者の別サイトの値を推測する | 大文字化・末尾への数字や記号の追加という定型の変形 | 変形ではなく、独立に生成した値を使う |
| オンライン推測(レート制限あり) | 認証画面へ直接試行する。回数はサービス側で制限される | 上位の定番候補 | ブロックリストで定番値を弾き、回数制限を維持する |
攻撃手法ごとに狙われる弱点が違うため、対策は組み合わせて初めて意味を持ちます。
推測研究が示す成功率と、その実験設定
「弱いパスワードは危険」という説明はよく見かけますが、具体的な数字はあまり共有されていません。以下は参照した研究の数値を実験設定とセットで示したものです。設定が異なるため相互比較はできません。
表2:研究が報告している推測成功率
| 研究 | 実験の設定 | 推測の予算 | 結果 |
|---|---|---|---|
| Bonneau (2012) | 7,000万件の匿名化パスワードへのオンライン推測(限速あり) | アカウントあたり約10回 | 約1%のアカウントを突破 |
| Das ほか (2014) | 漏えい済みの非同一ペアへのクロスサイト推測 | 100回 | 30%(既存ツールのみでは14%) |
| Weir ほか (2010) | 7文字以上のパスワードへの最適化攻撃 | 5万回 | 25%超を突破(10文字以上でも14%超) |
| Dell'Amico ほか (2010) | イタリア語データセットへのマルコフ連鎖攻撃 | 約10万候補 | 20%を突破 |
| Kanta ほか (2021) | 95文字種のMD5ハッシュへの総当たり(GPU 1枚で毎秒500億候補) | 8文字までの全探索 | 2日未満で全空間を試行 |
5万回で7文字以上のパスワードの25%超が破られ、「7文字以上あれば安全」という基準は成立しません(Weir ほか 2010)。Kanta ほか (2021) は、GPU 1枚が毎秒500億件を評価でき、95文字種からなる8文字のMD5ハッシュを2日未満で全探索できると算定しました。同研究はHave I Been Pwned由来の39億アカウント超を分析し、固有パスワードの30%超がちょうど8文字だったと報告しています。深層学習を用いたPassGANは、既存ツールの出力と組み合わせることで一致数を51〜73%増やしたとも報告されています(Hitaj ほか 2019)。
危険なパスワード1:単純すぎる文字列
「123456」「password」「qwerty」は候補リストの先頭に置かれ、限速下のオンライン推測でも最初に試される値です。Weir ほか (2010) は、数字と英字を含む7文字以上のパスワードの11.06%が、末尾に「1」を付ける推測だけで破られたと報告しました。
漏えい済みの値は Have I Been Pwned のPwned Passwordsで照合できます。同サービスのトップページは2026年9月17日時点で1,036件の漏えいサイトと17,816,217,392件の漏えいアドレスを表示していました。
対策:意味を持たないランダム値か、辞書語を組み合わせた長いパスフレーズを使います。当サイトのパスフレーズ生成ツールで作成し、そのままマネージャーへ保存してください。
危険なパスワード2:個人情報に基づく文字列
誕生日、電話番号、ペットの名前などは公開情報から収集しやすく、候補の総数も小さくなります。NIST SP 800-63B-4は、ブロックリストに含める例として「過去の漏えいから得たパスワード」「辞書語」に加え、「サービス名・利用者名およびその派生語」を明示しています(3.1.1.2)。
対策:個人と結びつく情報、サービス名、利用者名、その派生語を含めない値を使います。
危険なパスワード3:複数サービスでの使い回し
漏えいしたIDとパスワードの組を別サービスへ試す攻撃をクレデンシャルスタッフィングと呼び、使い回しが成立条件です。Das ほか (2014) は利用者の43〜51%が同じ値を使い回していると推定し、クロスサイト推測が100回の試行で非同一ペアの30%を突破したと報告しました(既存ツールのみでは14%)。
Pearman ほか (2017) は154名を平均147日間追跡し、完全一致32%・部分的53%・いずれかの形で約60%が使い回されていたと報告しました。
対策:サービスごとに異なる値を設定します。当サイトの一括生成ツールならサービスの数だけ値を一度に作れます。
間違い4:理由のない定期変更だけに頼る
漏えいの兆候がないのに短期間の変更を強制すると、末尾の数字だけを変える予測しやすい更新を誘発します。NIST SP 800-63B-4は定期的な変更を要求してはならない(SHALL NOT)とし、漏えいの証拠がある場合は変更させるとしています(3.1.1.2)。
対策:漏えい報告、不審なログイン、共有者の変更、弱い値の判明時に変更します。判断基準は定期変更が必要な条件で整理しています。
【実例】危険な暗証番号(PIN)パターン一覧
4桁の暗証番号(ATM・スマートフォンのロック画面など)は組み合わせが10,000通りしかないため、パスワード以上に「パターン」の危険性が高くなります。
表3:よくある危険パターンと、辞書に含まれる理由
| パターン | 具体例 | 攻撃者の候補リストに載る理由 |
|---|---|---|
| 同じ数字の繰り返し | 0000, 1111, 7777 | 最初に試される定番候補。NIST SP 800-63B-4も暗証値のブロックリスト例に123456を挙げています。 |
| 連続した昇順・降順 | 1234, 4321, 2345, 6543 | 押しやすさから選択が集中し、辞書の上位に固定されます。 |
| 先頭・末尾の定番数列 | 0123, 9876 | 過去の漏えいデータでも上位に現れ、候補の最初期に試されます。 |
| テンキー上の直線的な並び | 2580, 0852 | 中央の縦一列など、指の移動が単純な並びは列挙が容易です。 |
| 生年月日・年号の下4桁 | 1990, 0709 | 個人と結びつく情報から機械的に作れ、候補数が小さく絞り込まれます。 |
| 定番値の1文字延長 | 12345, 00000 | 延長は辞書の派生ルールで自動生成されるため、対策になりません。 |
表3は一般的な危険パターンの整理であり、頻度ランキングではありません。NIST SP 800-63B-4も、機器の活性化に使う暗証値について6文字以上を推奨し、連続する失敗を10回以内に制限することを求めています(3.2.10)。
当サイトのPIN生成ツールが実際に除外している条件
当サイトのPIN生成ツールは、次の2条件に一致する値を自動的に作り直します。
- 定番の4桁14種を部分文字列として含む値。0000〜9999の繰り返し10種と、1234・4321・0123・9876です。6桁や8桁でも内部に並びがあれば作り直します。
- 全体が昇順または降順に連続する値(4桁以上)。2345や6543が該当します。
一方、生年月日や電話番号の下4桁、テンキー上の並び(2580など)は除外されません。作り直しは最大20回で、上限到達時はその値を表示します。
間違い5:メモの管理が不適切
付箋やノートに書いたパスワードを他人の目に触れる場所に置くケースは少なくありません。NIST SP 800-63B-4は、複雑すぎるパスワードは記憶されにくく、安全でない方法で保存される可能性が高まると指摘しています(付録A)。日常利用は暗号化された管理アプリを基本にしてください。
危険なパスワードを避ける5つの対策
表4:5つの対策と、その根拠
| 対策 | 具体的な内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 1. 長さを取る | 単一要素なら15文字以上、多要素認証の一部としてのみ使うなら8文字以上 | NIST SP 800-63B-4(3.1.1.2) |
| 2. サービスごとに値を変える | 使い回しと、その変形による芋づる式の推測をなくす | Das ほか (2014)、Pearman ほか (2017) |
| 3. 漏えい済み・辞書語・サービス名を避ける | サービス名や利用者名の派生語も除外する | NIST SP 800-63B-4(3.1.1.2) |
| 4. パスワードマネージャーで生成・保存する | 生成・保存・自動入力を1か所に集約する | NIST SP 800-63B-4(自動入力の要件) |
| 5. 多要素認証・パスキーを有効にする | 値が漏えいしても、それ単独ではログインが成立しない状態にする | NIST SP 800-63B-4 |
長さは文字種より効きます。使える文字が95種でも8文字は総当たりで2日未満です(Kanta ほか 2021)。多要素認証は漏えい後の被害を限定しますが、他の4つを置き換えるものではありません。
すでに使っているパスワードが心配な方へ
心当たりがある場合は、利用中サービスのパスワードを変更し、使い回しを解消してください。変更の起点は金融・メール・SNS・業務アカウントなど影響の大きいものからで構いません。パスワード強度チェックでは文字構成の理論値を確認できますが、実際の重要パスワードではなくサンプルの入力を推奨します。
漏えいの確認にはHave I Been Pwnedのような照合サービスを使います。ハッシュの一部だけを送る方式ですが、送信先と利用条件の確認は利用者側で行ってください。被害事例はIPAの不正ログイン対策特集ページでも解説されています。
よくある質問
「危険なパスワード」とは、具体的にはどんな文字列ですか?
攻撃者が最初に試す候補に入っている値です。辞書語、定番の数字列、サービス名や利用者名を含む値、過去の漏えいで公開された値が該当します。末尾に1文字足しただけの変形も推測候補に残ります。
大文字・数字・記号を混ぜれば、危険ではなくなりますか?
混ぜるだけでは十分ではありません。研究では、数字を必須にすると末尾に数字を付ける利用者が77.46%に達することが報告されています。長さを確保し、サービスごとに独立した値を使うほうが効果的です。
パスワードを使い回すと、実際にどのくらい危険ですか?
研究では利用者の43〜51%が複数サイトで同じ値を使い回していると推定されています。漏えい値から別サイトを推測する攻撃では、100回の試行で30%のペアを突破できたという報告があります。
4桁の暗証番号(PIN)は使わないほうがよいですか?
4桁は10,000通りしかないため、単体では推測に弱い方式です。ATMのように失敗が続くとロックされる場面では実用的ですが、オンラインサービスで無制限に試せる場面では使わないでください。
まとめ
危険なパスワードかどうかは、攻撃者の候補リストの何番目かで決まります。対策は、長さを取り、サービスごとに値を変え、漏えい済み・辞書語・サービス名を避け、パスワードマネージャーで管理し、多要素認証を有効にすることです。5つは代替関係になく、1つ欠けると別の攻撃が成立します。
本記事の調査範囲と限界
- 表2の数値は相互に比較できません。研究ごとにデータセットと攻撃アルゴリズムが異なり、特定のサービスへ外挿できないためです。
- Bonneau (2012) の「約10回で約1%」は集団に対する経験則です。個々のアカウントが1%で破られる意味ではありません。
- Kanta ほか (2021) の2日未満という算定はMD5が前提です。bcryptやArgon2では所要時間が大きく変わります。
- 当サイトのPIN生成ツールが除外するのは限定的です。定番4桁14種を含む値と、全体が昇順・降順に連続する値だけです。生年月日やテンキー上の並びは対象外で、作り直しも最大20回です。
- 表示されるエントロピーは理論値です。桁数に log₂10 を掛けた値で、パターン除外による減少は反映していません。
- Have I Been Pwned の統計値は変動します。対象は公開された漏えいのみで、本記事の件数は2026年9月17日時点の表示です。
- 個別サービスのパスワード要件は実測していません。上限文字数・記号・試行回数制限の実装は各サービスに依存します。
参考資料
- Bonneau (2012) The Science of Guessing|IEEE S&P 2012|DOI: 10.1109/SP.2012.49
- Das ほか (2014) The Tangled Web of Password Reuse|NDSS 2014|DOI: 10.14722/ndss.2014.23357
- Pearman ほか (2017) Observing Passwords in Their Natural Habitat|CCS '17|DOI: 10.1145/3133956.3133973
- Weir ほか (2010) Testing Metrics for Password Creation Policies|CCS '10|DOI: 10.1145/1866307.1866327
- Dell'Amico ほか (2010) Password Strength: An Empirical Analysis|INFOCOM 2010|DOI: 10.1109/INFCOM.2010.5461951
- Kanta ほか (2021) How viable is password cracking in digital forensic investigation?|FSI:DI 37:301186|DOI: 10.1016/j.fsidi.2021.301186
- Hitaj ほか (2019) PassGAN|ACNS 2019|DOI: 10.1007/978-3-030-21568-2_11
- NIST SP 800-63B-4(Digital Identity Guidelines: Authentication and Lifecycle Management)
- Have I Been Pwned(漏えいアカウント検索・Pwned Passwords)
- IPA(独立行政法人情報処理推進機構)不正ログイン対策特集ページ
著者・編集:passwordgenjp.com 情報セキュリティ研究チーム。公開資料の確認日:2026年9月17日。